2018年6月29日金曜日

寺家ふるさと村 大池

行方不明者が相次ぐ柿沼へ調査に向かった本郷と滝。
ここは冒頭で登場したむじな池と同じ横浜の寺家ふるさと村にある大池。なお柿沼という名称は当時のスタッフが"柿生(川崎の地名)にある沼"ということから呼んでいた通称だと思われるが実際の所在地は柿生でなく横浜市青葉区寺家町。

2018年6月25日月曜日

五所塚

「仮面ライダー本郷猛の活躍によってショッカーの放射能作戦は未然に防がれた。しかし、ショッカーの攻撃はまだまだ続くのだ。頑張れ!我らの仮面ライダー!」
エンディングのここは川崎市宮前区五所塚1丁目の道。一部、当時のブロック塀を残す民家もあるが映る通り沿いの建物は全て建て替わっている。
民家の屋根越しに見える団地は市営高山団地。

第5クールOP #2 茅ヶ崎

先述したように第5クールのオープニング映像には本編にないシチュエーションのロケ地が複数登場する。
今回検証するのは波打ち際を疾走するサイクロン号のシーン。同じ場所を往復するように2カット使用されている。
このシーンには砂浜とその先にある突堤しか映らない。第5クールで映像にあるような砂浜らしい砂浜のシチュエーションに心当たりは無いし、砂浜のみと問わず「海岸で撮影された」と枠を広げれば59話(荒崎海岸)、61話(行川〜御宿)、62話(荒崎海岸、本所港)、同クール後半まで含めると伊豆や真鶴など幾つかあるにはあるがいずれもオープニングに出てくるような場所が登場しないのだ。
 なんどもこのシーンの動画、キャプチャ画像を見返していると突堤と平行に低い山の稜線がある事に気付き、さらに見ていくと突堤の先あたりには連なった稜線に比べ盛り上がった山のような存在が確認出来る。*下の画像は少しコントラストを強めたものです。
第5クールで使われた海岸ロケ地周辺で「突堤」「稜線」その先の「山」と言う条件に合いそうな場所を順に探していくと。。

ありました。
現在の茅ヶ崎漁港海岸公園の辺り。第5クールではないがその少し前の第47話で登場した茅ヶ崎港の突堤、その先の鎌倉あたりの稜線、そして「山」に見えたのは江ノ島だったのでは?
47年の間に砂の流出による海岸線の変化、突堤の延長(当時より3倍以上伸びた)、潮の干満の時間帯で完全一致には至らないがうっすら映る江ノ島の影が一致しているように見えなくもない。心なしかオープニングの方には江ノ島灯台のような影も見えているような…
47話撮影時に新1号の衣装が用意されていればその時に撮れなくはないがそれでは時期が合わない。番組放送開始時のライダーの2つの衣装(マスクのA、B、鹿皮スーツと合皮スーツ等)の使いまわしたローテーションを調べた記事は過去に幾つかあるが新1号の衣装完成のタイミング、撮影日程を調べた記事*って見た記憶がない。マスクがリペイントされたのはいつなんだろうか。旧2号編オールアップの後に2号に使用してたマスク全部用意ドンで塗ったとは考えられないので旧2号編終盤で新1号のマスクは用意されていてオープニングの素材くらいは撮影も始まっていても不思議はないような気がしないでもないがはたして…
*仮面ライダー1971-1984によると新1号編の製作開始は72年1月の下旬との記載はある。

2018年6月22日金曜日

三郎のアパート

辛うじて本郷たちにショッカーから救われた三郎はとぼとぼと自宅に帰る。
郵便受けにぼんやり番地が読めたことと路地を曲がってくる時の角にペプシの自販機が置かれた店のような作りの場所が確認出来た事で意外と早く見つかるのでは?と思ったが甘かった。
ヒントとなったのは影から見張るミミズ男の背後の映り込みだった。

結論から言うと既にタワーマンションが建ち跡形も現存していない。裏路地があった辺りはマンションのエントランスになっている。
 三郎を影から見張るミミズ男。後述するが背後に見えたスレート屋根の倉庫のような建物も既になくこちらもマンションが建っている。
 そこでGoogleストリートビューにマンションの建つ以前の2010年のデータが閲覧できるのでそちらで対比してみると…

三郎が歩いて行った路地が残っている!その路地の先に見える低層の集合住宅(勝どき農林住宅。地図には大蔵省公務員寮とも記載されていたので時期によっては管轄が違ったのかもしれない。)もこの時点では残っていた。なお、2010年には既に残っていなかったが角のペプシの自販機があったのは「江戸屋商店」。周囲には飲料メーカーの倉庫が多くあったそうでそこも酒屋か何かだったのかもしれない。
 こちらのカットはマンションは既に建っているものの劇中で確認出来るキュービクルのついた電柱が残っていた。現在は電線が埋設となり電柱が撤去されている。なお、ミミズ男が隠れていた建物は都営月島アパート2号棟の壁だった。
マンションの裏まで行くとミミズ男の背後に映っていた都営勝どき5丁目アパート7号棟は現存しているのが確認出来る。
なお、三郎が階段を上がっていったアパートは劇中に映った番地からすると勝どき5丁目3−15。当時の住宅地図には個人名で記載されていたので単なるアパートではなかったのかもしれない。

2018年6月21日木曜日

勝どき

宝石店からアタッシュケース片手に出てきた挙動不審な男
ここは勝どき3丁目にある月島第二小学校の北側道路。劇中では道の先の方に白地に赤で「全久」と描かれた看板が見えその手前に「止まれ」の逆三角形の標識が確認出来る。その手前が工事の仮設足場にシートが掛けられているのか道路側に少し膨らんでいるように見えるが小学校のHPに掲載された沿革を見ると校舎西側にあった体育館が昭和47年完成とあるのでライダー撮影時に丁度その工事中だったのだろう。手前のブロック塀越しに見えているのは小学校の当時の校舎だと思われ、車を停めているのは校門か何かで部分的に敷地に入り込んだスペースだったのだろう。
学校沿革より
白い矢印の先が辰三たちのいたあたり。
泥棒二人が乗った車の前にあわや黒い車が飛び出してくる。
この道は勝どき5丁目。当時は片側一車線づつの道だったが現在は環状2号線(2018年現在未開通)が築地側から渡ってきていて大幅に拡張された。
左側に見えている集合住宅は「勝どき農林住宅」、右側の木が茂り門柱が見えているのは「水産庁中央水産研究所」。辰三がのされて倒れこむのが水産庁の研究所前。
車の後方にボンネット消防車が見えるが画面で言う左側、隅田川から繋がる新月島川の浜前水門横に東京消防庁臨港消防署があったが環状線の通過に伴い立ち退きとなっている。
劇中、背後に見えているのが水産庁中央水産研究所。
実際には環状線工事の道の拡幅により敷地がセットバックしている為、実際の研究所敷地の角は下の写真の右側に写る橋脚あたりではないだろうか。まだ橋脚が出来る前(2010年ごろ)にもここを通過していたがその時には環状線の計画を把握しておらずまさかこんな光景に変貌すると思っていなかったので悔やまれるばかりである。
盗品の入ったアタッシュケースがすり替わったことに気づいた二人は相手の車を追う。
この道は先ほどの場所から東へ移動した勝どき3丁目。左側の木製パレットが積まれているのは「日本倉庫」、現在はグリーンホームズ1というマンションが建つ。劇中の画像で白破線が少し道の先から始まっていますが辰三達の車から破線が始まる辺りまでは道が交差していると考えられます。対比写真を見ると現在は中央の破線は無くなりましたがその交差箇所に丁字が描かれているので場所が一致しているのが判るでしょう。
劇中映像では判りにくいですが日本倉庫があった辺りは埋め立て地ゆえの治水か何かの理由で土地に起伏がありました。

ー編集後記ー
勝どき周辺はここ10〜15年ぐらいの間の再開発が激しく、次々に古い下町の風景や倉庫街が壊されタワーマンションが乱立。環状2号線の開通。さらにはオリンピックに向けた都市整備が進んでいます。今回検証したこの僅か数分のシーンで目印にしようとした建物はこの15年で全て姿を消していました。それゆえ(結果的には)コンパクトにまとまった場所だったにもかかわらず特定に時間がかかりやっと辿り着いたという印象です(その場所を何度か通っていたのに!)。今回の特定にあたり幾つかの古い町並みの写真を集めたブログを参考にさせていただきましたが特に流一さんという方がご自分で撮られた写真を元に建物を解説されたブログ「ぼくの近代建築コレクション」が大いに参考になりました。今回私が目印に探した解体済みの建物のほとんどが往時の写真付きで解説されていてこのブログにたどり着けなかったらまたさらに時間が掛かっていたことでしょう。また、ツイッター経由で情報を寄せていただいた勝どきご出身のstgmn69さん、住宅地図等的確な援護射撃を送っていただいたコロンボさんにも感謝いたします。まだまだこの辺りは再開発が進んで昭和の痕跡が薄れていくと思われますが、かろうじて残っている現時点で確認出来た事がせめてもの救いでしょう。欲を言えば建物が残っている時期に見ておきたかったですが… 次記事で同じ勝どき5丁目で撮られた三郎のアパートを解説しますがそちらもなかなか手強い物件でした。お楽しみに。


2018年6月17日日曜日

第5クールOP #1よみうりランド

新1号が登場する第53話から始まる第5クール。番組の人気にますます拍車がかかり藤岡弘、氏が現場復帰によるダブルライダーから待望の主役交代で製作陣もさぞ気合が入ったのだろうか、それまでのオープニング映像は生田の近場や本編ロケのついでに撮られる事が多かった印象だが第5クールにはオープニング映像用に別途日程が組まれたのではないかという映像が幾つかある。

最初に検証するのはこちら。
右に黄色の柵。左には刈り込まれた植え込み、花壇、20kmの速度制限標識。特に目を引くのが後方の横いっぱいに繋がった構造物。安易に生田スタジオ近くのよみうりランドに在ったモノレールのコンクリート軌道ではないか、と推測するのは簡単なのだがなまじっかロケ地に詳しいと本編に登場しない場所が登場するはずがないと考えてしまう。というのもライダーシリーズに限って言うとよみうりランドの園内がロケに使われるのはV3第48話「見た!デストロン首領の顔!!」の園内にあった学生ホテル(のちのよみうりランド会館)が最初と言う認識があったのでよみうりランドのはずがないと言う意識が働いてしまい、これが結果的にロケ地特定までを遅らせる要因になった。
この新1号編スタートにあたり、一説にはそれまでの制作進行に比べて撮影準備に余裕があったそうで53話の放送までに完成した映像のストックがあったとのことなので本編ロケ映像からの流用では?と考えると映像で確認できるような上記の情報から導き出そうとすると53話の多摩動物公園、60話65話の向ケ丘遊園、61話の行川アイランド、63話の伊豆シャボテン公園、伊豆コスモランド(現:伊豆ぐらんぱる公園)など遊園地系のロケ地が幾つか候補に上がる。だがいずれも道の傾斜はともかく背後に見えた構造物が一致する場所が見当たらない。
今夏、刊行予定の同人誌ロケ地大画報vol.5に掲載するにはそろそろ仮設なり一度結論を出さねばといろいろ資料を探していたところ見つけたのが「怪獣大奮戦 ダイゴロウ対ゴリアス」(1972年12月公開)。冒頭、発明おじさんがTV番組で自ら作ったエアロバイクスカイラーク号を飛ばそうと滑走するシーンがよみうりランドで撮られているのだがその1シーンに黄色の柵のある傾斜がついた直線道路が登場する。
もしかしたらこの道の先がライダーのOPではないだろうか。だとするとモノレールの軌道との位置関係は一致しそうだ。しかも次のカットではライダーOPで右端に見切れる案内看板らしきものも映る。青い縁取り、上に赤文字、地図らしき図案が一致しているように見える。
もう一つの要素、20km速度制限標識。
その近くで撮られた「どっこい大作」第5話「自分の足で歩け!!」にそれらしきものが映っていた。さらにその後方に映っているのはモノレールの駅も兼ねたよみうりランドホテルの建物。
それらの情報を踏まえて場所を絞ると以下の場所になる。*中央の赤い矢印
現在はこんな感じ。道の傾斜、植え込みの名残はあるがモノレールの軌道は78年にモノレールとしての役目は終えたのち、ゴーカートのコースに転用されたが2003年にはその営業を終え順次解体されていった。
結論としてはよみうりランドのここで間違いないと思うがこの時期に他によみうりランド内での撮影は確認出来ていない為、なぜこのワンカットだけがここで撮られたかは依然判らない。

2018年6月10日日曜日

瞳工芸

宝石店から出てきた挙動不審な男は窃盗犯だった。
この宝石店は神宮前交差点にあった原宿セントラルアパート1階に入っていた真珠宝飾の店「瞳工芸」(店を出る瞬間にガラス扉に屋号が映る)。
現在は建物も建て変わり東急プラザ表参道原宿が建つ。
 店の前から素早くパンするカメラは店の前を通る明治通りが映る。
原宿のランドマークでもあるラフォーレ原宿は撮影当時まだ建っておらず、映像では一瞬だがその場所にあった原宿教会が映っている(はず)。
 店を出た辰三は明治通りを渡る。
横断歩道を渡るこのシーンは角度からしてセントラルアパートの対面にあるグリーンファンタジアビル(現存)2階の外廊下から撮られていたと思われる(検証写真もそこからの撮影)。
店舗は立地の良さもあって同じ時期にキイハンターなどでも度々撮影に使われていた。
もともとセントラルアパートには当時多くの文化人が事務所を構え、瞳工芸の数件並びにあった喫茶レオンの前には舘ひろし率いるクールスがバイクを連ねて停めていた。そんな場所である。

2018年6月9日土曜日

寺尾台

ショッカーから無事脱出し再会する姉弟。Xアルファ液の書類も奪還出来た。
エンディングのここは定番の寺尾台第1公園前の十字路。本郷たちの後ろに見える造成地は東宝のオープンセットもあった辺り。現在は民家が建ち見通せない。
 後方左は寺尾台第1公園、右は当時建設中だった寺尾みどり幼稚園。
 大きな多重塔が確認出来る墓地は第7話エンディングで本郷が子犬を拾っていたおなじみの場所。

情報内容の正確さを求める為に記事の差し替え、追記等を行う場合があります。

自己紹介

自分の写真
仮面ライダーの全てのロケ地を自分の目で見る旅の途中です。 当ブログは元の作品の権利、肖像権を侵害する物では無く、作品を120%楽しむ為の一つの手引きとして筆者の研究調査成果を提示するために一部"引用"として元映像を使用させていただきました。作品の権利は東映株式会社様にあります。