2012年8月20日月曜日

旧稲田登戸病院

ゾル大佐の策略により警察に捕まってしまう滝。 
滝の拘留された警視庁城南警察署の外観として使われたのは小田急線向ヶ丘遊園駅から近い今は無き稲田登戸病院(06年閉院)である。第5話にて砂田の娘が入院していた病院としても使われていた。

後方に見える高架は府中街道の小田急陸橋。
閉院後、マンション建築の為に大幅に造成されたが現在は更地のまま雑草が覆い茂る。
パトカーの後方に見える建物はリョーサン向ヶ丘遊園寮(12年現在)は現存している。手前に小田急線が走るのが見えている。

2012年8月18日土曜日

浜岡砂丘(静岡県御前崎市)

突如、空から砂が降り始めたかと思うと地面に巨大なアリ地獄が現れた。
地獄サンダーとの戦闘シーンやライダーを誘い込む砂地のロケ地として使われたのは初戦、決戦ともに静岡県御前崎の浜岡砂丘である。映像を見ると大きな砂の斜面、くぼ地に水溜りなどがあるのだがこの40年の間に地元の砂防林の植林が成功により緑化が進んでいることと波の侵食で数十メートル単位で海岸線が変わっているそうで景観は変貌してしまっている。

砂浜側もびっしり雑草が覆って砂の飛散防止に役立ってりる。
先のほうにうっすら映るのはかの浜岡原発である。撮影当時は着工間もない頃でまだ姿は見えない。
下の戦闘シーンのような斜面辺りは完全に木で覆われて立ち入ることも難しい。写真は土手の上から。
 劇中頻繁に映る水溜りは当時の航空写真でも判別でき、現在ではその周りが公園として整備されていることもあり小さな池のように整っていた。

2012年8月9日木曜日

二ヶ領上河原堰

事件を追ってバイクを走らせる滝に一文字、ユリが合流する。
 第一話蜘蛛男との最終バトルが撮られた多摩川の二ヶ領上河原堰。
堤防沿いの道での撮影だが現在では格段に通行量が増えている。
三人の動きを監視する戦闘員。
堤防の土手は幾度かの改修が行われており当時とは趣が異なる。
小休止する三人。しかし給仕する男は怪しげな行動を取る…
オープンカフェのテラスのような場所だがどこなんだろう。駐車場の横は田んぼがあったり一文字の後ろは民家だったり多摩川沿いにこんな場所があったのかも。

2012年8月7日火曜日

寺尾台~清見寺トンネル

夜のドライブを楽しむアベック
走行する車がさしかかる緩やかな坂は生田スタジオから程近いおなじみの寺尾台団地、第6話で本郷が子犬を拾い上げる墓地の前である。
突如降り始めた砂に車が埋もれていくシーンは恐らくスタジオの前だと思われる。
事件を掴んだ滝と一文字は現場周辺のパトロールに出かける。
なぜか二人が走っているのは東名高速下り線、静岡市清水区付近にある清見寺(せいけんじ)トンネルである。
この辺から滝のバイクは車線変更(笑)したのかアングルがずれてしまった。車線が違うためトンネル先のロケーションが少し異なる。残念。
このカットあたりは下り線で左側が完全に何も無いところとなると由比あたりしかないが、道の先の港はガスっているのか見えていない。
なぜこんな場所が使われたかというと地獄サンダーとの戦闘シーンが撮られた浜岡砂丘へ行く道中だったからだろう。
この時期のロケ地としては随分とスタジオから離れた場所だが、撮影時期が梅雨に入り、雨を避けるために西へ移動していって止んだところで撮影しろという指示があったからだという(笑)

2012年7月29日日曜日

旧本多忠次邸

怪しい車を見つけた滝とルリ子は後を付ける。車はやがて怪しい洋館の中へ…
野本健の邸宅として撮影に使われた旧本多忠次邸は当時、世田谷区野沢(跡地はこちら)に存在したのだが当主の死後、その歴史的価値を鑑み解体、移築が検討され、忠次の先祖である徳川の武将本多忠勝ゆかりの地である愛知県岡崎市へ譲渡された。
今月6日、ついに完成し一般公開が始まったので早速訪れた。
建物は東名高速岡崎インターからほど近い、岡崎市東公園の一角、小高い丘の途中に建っていた。
劇中、滝が飛び越える背の高いフェンスは再現されていなかった。もっとも門自体はセットだったかもしれないし、撮影後、敷地の前を通る環状線の拡張で敷地の一部を売却、通りからのアプローチが反対の東側に移されたとあるのでその段階で解体されていた可能性もある。
劇中で再生怪人軍団が立っていた広間は事前に調べた図面で窓の形状から書斎だと考えて写真を撮ってみたが窓の高さ、形状が合わない。図面上かまきり男後ろにあるような斜めの壁はここ以外に存在しないが念のため公開されている部屋を全て見て廻ったがついぞ見つけることが出来なかった。
確かに再現された洋間の壁の隅には上の写真にあるように重厚なモールディングが施されている。映像で映る部屋は天井に配管がむき出しだったり実に質素な造りだ。
もしかしたらこの部屋のみセットだったかもしれない。もしくは戦後GHQに接収されている間に忠次が敷地内に住む為建てた離れだったのかも。
また部屋へ向かう途中降りる階段は大きさからすると恐らく3階(屋根裏?)へ登る小階段だと思われるが設備の不具合から公開されていないようだった。



2012年5月31日木曜日

コクリコ坂から

旧1号編における不明だったロケ地の一つ「ダミーの墓」について再検証してみた。

当初、映像から得られる情報から港近くの高台にあり、海寄りには公団か社宅のような屋上に給水タンクを持った団地が数棟あり、岸壁には赤く塗られたガントレーが数基存在する。
また、直下には赤や緑の屋根の民家が見える。
別カットでは遠くに煙突が煙を吐いているのが確認できる。
これらの情報とメインロケ地が横須賀の猿島である事から横須賀周辺の高台ではないかと何度か該当エリアに足を運んだが全て空振りであった。

また、煙突といえばロケ頻度の高い川崎の生田周辺だと王禅寺のゴミ処理場が該当し、そのカットのみ生田で撮られたのではないかと推測していたが映像では煙突が複数存在し(王禅寺は1本。最近もう一基増えた。)、これも不明となる要素となっていた。


昨年、ライダーカードの権威にして関連書籍をいくつか執筆されている堤氏より平山プロデューサーの所有している当時の資料の中に、この「ダミーの墓」に関して「ワシン坂」という記述を目にしたことがあるという情報をいただいた。
調べるとこのワシン坂というのは横浜の港の見える丘公園のはずれにあり、ジブリ作品「コクリコ坂から」のモデルの一つだと言われている場所である。

昭和52年撮影の航空写真で見るとワシン坂のある赤丸の中で条件の当てはまる場所には建物が建ってしまっている。が、港寄りの現在は残っていない団地、ガントレー、映像に見られる赤や緑色の屋根の民家など条件は当てはまる。

しかし、煙突の存在や土地の起伏までは判らないので現地に行ってみた。
ワシン坂からの眺め。手前に民家が密集しその先にガントレーの有る港はあるがもはやマンションの隙間からしか確認できない。
坂の途中だと映像から見る角度より少し低く、坂の上に建つ某化粧品会社の研修施設辺り(先ほどの赤丸)からの眺めからだと一致しそうだ。

位置を変え煙突を探してみる。
コクリコ坂のある小高い丘を港(東側)と反対側の西側が見える位置まで移動してみた。

赤丸内に煙突が見えるのが判るだろうか。
ちょうどタケヒコ少年が戦闘員に追われるシーンと同じような配置で煙突が2箇所確認できる。
当初、ゴミ処理施設や火力発電所の類かと思っていたが本牧方面の高台越しに新日本石油精製根岸製油所の煙突が覗いて見えていた。

これらのことからやはり劇中2度登場する「ダミーの墓」のシークエンスはここ、横浜のワシン坂で撮られたんではないだろうか。

宅地の合間に当時の雰囲気を残す場所があったのでそれとなく合わせてた。
撮影された場所と少しずれるため地形の参照までに。二本建つ煙突の中央よりのほうが当時の形状のままのような気がする。



2012年2月24日金曜日

中島飛行機地下軍需工場跡地①

捕らえられた一文字は危機一髪のところで潜入した滝によって救出され、地下アジトを脱出した。
このシーンの撮影にはメインの戦闘シーンが撮られた埼玉の吉見百穴の敷地内にある中島飛行機の地下工場跡の洞窟が使用されている。


撮影当時は判らないが、現在では工場として作られた地下トンネルのうち崩落した部分や危険な場所へは立ち入れないので1/5程度しか公開されていないそうだ。
公開されている部分も人が触るからか土質のせいか崩れてきているようにも見える。
情報内容の正確さを求める為に記事の差し替え、追記等を行う場合があります。

自己紹介

自分の写真
仮面ライダーの全てのロケ地を自分の目で見る旅の途中です。 当ブログは元の作品の権利、肖像権を侵害する物では無く、作品を120%楽しむ為の一つの手引きとして筆者の研究調査成果を提示するために一部"引用"として元映像を使用させていただきました。作品の権利は東映株式会社様にあります。