2018年5月26日土曜日

田ノ入集落

清の姉で太田黒博士の助手、良子が誘拐されたことを知り太田黒科学研究所へ向かう本郷と滝。
この道は三保ダム完成とともに丹沢湖に沈んでしまった道で旧田ノ入取水堰の上流。上の画像中央あたりに見えるのが田ノ入取水堰。横には田ノ入の集落が見える。

下の図でピンクが本郷たちのルート、その下が当時の田ノ入取水堰。黄色は現在の三保ダム。本郷たちの通っていた辺りは堤体に埋まってしまっている。
現在の地図に当てはめるとこのようになる。
丹沢湖記念館収蔵の当時の写真に近いアングルの写真があった。撮影のあった道よりも高い位置から、おそらく現在の神尾田地区に近い辺りから撮っているのだろう。
エンディングでもその近くが映る。ここは先の道よりやや道幅が狭く、川面が見えないところからもう少し高い位置を通っている道だと思われる。上の写真を撮影したあたりかもしれない。
本郷の後ろに見えるパイプのようなものは旧落合発電所の落水管。こちらもダム建設に伴い変電施設が水没、直近に移設された。キャプチャカットには映ってないが本郷の走る道から見える旧変電施設は道よりもかなり低い位置にある。
ダムの堤体からエンディングシーンと同じ方向を見る。落水管こそ撤去されているが恐らく基礎工事が施されたままなのか木が生えていないのでうっすらとその道筋が確認出来る。
こちらの航空写真では田ノ入取水堰、集落、落合発電所、走っていた道の位置関係がよく判る。


2018年5月25日金曜日

太田黒科学研究所 #1

深夜、太田黒科学研究所に近づく一人の男。
この研究所の外観は明治製菓 百合ヶ丘洗心寮が使われている。
建物は2018年現在も現存しており、以前は敷地内に後年建てられた明治製菓記念館の見学が出来たが現在は実施していないようだ。検証写真はまだ見学の出来た2010年の撮影。これ以降もバロム1やジャッカー電撃隊など生田作品で度々使用された。変わったところでは「セーラー服反逆同盟」などにも使用されていた。

県道137号線

エンディングは走行シーンの定番の道、県道137号線。厳密に言うと区画整理で道の位置が変わってしまい現在の京王若葉台ゴルフ練習場の敷地内あたりを走っていたと思われる。対比の写真はゴルフ場からではおそらく見通せないので敷地外で撮影。

天王森公園

ドクモンドの足跡を追ってきたライダーはついにアジトを突き止める。
アジトの入り口、決戦シーンは多摩市連光寺にあった多摩市東部配水場のポンプ施設が使用されている。現在は天王森公園として整備されている。
鬱蒼と茂るスダジイは昭和48年に多摩市の天然記念物に指定されたもの。道路側に伸びないよう剪定されてるのか当時よりも小ぶりに見える。
ライダーとは直接関係ないがこの小高い丘の上にある公園内には面白いことに実にたくさんの要素が含まれている。戦闘シーンで巧みに使われる配水場のポンプ施設は現存していないが多摩市東部へ水道を引くための重要な施設だった。また映像にわずかに映り込む公園の名称の元となった八坂神社、市の天然記念物の巨木スダジイ、映像には映っていないが市内で最も標高の高い場所だということで1等三角点の標石が設置されている。また、夜景のスポットとしても有名なようで昼夜問わず物見遊山で訪れるものが少なくない。

2018年5月22日火曜日

多摩大学多摩キャンパス

病院から拐われた沢田をドクモンドの特殊な足跡を頼りに追う本郷。
この変身シーンから足跡が残る道を発見するシーンは現在の多摩大学多摩キャンパスの敷地内にあった道で撮られている。この道は恐らく60年代末に多摩ニュータウン開発の為に土砂運搬等の車両が通る為に作られた道の一つだと思われ、ライダー背後の道の脇の法面が削られて間もない真新しい掘削跡だったり周囲の造成が進んだ70年代後半には既に消滅している事から元々仮設的な意味合いの道だったのではないだろうか。

本郷が変身するのは現在大学の校舎C棟が建つ辺り。頭上には東京電力桜ヶ丘線(No.54~55の間)の送電線が通る。対比の写真は見通しにくかったのでB棟校舎2階からの撮影。
 ライダーの目には見える道に浮かび上がるドクモンドの足跡。
傾斜のある道だったが先述したように70年代には整地されて道は消滅していて現在は学校のグランドや南多摩尾根幹線道路の開通により平坦に整地されている。劇中映像では僅かに連光寺給水塔が確認出来る。現在2基ある給水塔は72年当時は1基しか無く対比写真に映る2基のうちの右側が当時あったもの。
 足跡を追うライダー。
1枚目と同じアングルだがこちらは校舎の前で撮影してみた。当時より送電線の高さが変わったのか同じように撮っても同じようには写らない。校舎の先に見える通信鉄塔(KDD西東京中継所)も当時からあり劇中カットのライダーのマスクの脇にそれを確認する事が出来る。

*キャンパス内の写真、特に校舎2階からの写真は昨年2017年11月に開催された学園祭の折にお邪魔して撮影した。47年前にここでライダーが撮影された事を知ってかしらずか、学園祭の催しの一つに当時放送開始間もなかった最新のライダー、仮面ライダービルドショーが行われていた。

東三田

沢田が入院した病院医院長がドクモンドに襲われる
このシーンは沢田の研究室のシーンが撮られた東京都水道局長沢浄水場の周辺道路を使用して撮影されている。
医院長の乗る車が走ってくる道は浄水場の北側道路。対比している検証写真を撮影した2011年時点では改修されているものの当時の柵が残っていたが現在は新規のものに作り変わっている。
医院長の車を追う戦闘員のバイク。左側の緑色のフェンスは他エピソードの撮影に使用される松下技研の敷地。
背後に見える送電鉄塔は東京電力菅生線No.20。その奥に見えているのが松下技研の研究所。
現在の写真の左側に見える仮囲いは川崎市水道局の長沢浄水場。この頃、大掛かりな浄水施設の増築が始まった頃で現在は土手が低く削り取られた。
この背後に見える送電鉄塔は先ほどの東京電力菅生線の続きでNo.21。
病院長が追い込まれた空き地は現在は駐車場になっている。

2018年5月15日火曜日

中央大学

ショッカーに追われた沢田がやってきたのは現在の八王子にある中央大学多摩キャンパスの敷地。
東映作品でたびたび使われる分離帯のあるS字の下り坂であるが現在は直線的に道か敷き直されている。
11号館校舎越しに見える送電鉄塔は当時とは建て替わっているが東京電力の東京西線No.22。
そしてこちらのブログでも度々取り上げている敷地内のトンネル中大隧道を通過する。ここは本来大学の敷地内で多摩モノレールが開通する近年まで一般車両の通り抜けは出来なかったが現在は学校関係者以外に地元住民の車が頻繁に往来する。
追跡をかわそうとハンドルを切る沢田だが進路を妨害されてしまう。
このバイクに前を塞がれる道に関しては劇中の通りなら大学駐車場に入る緩い傾斜の道で、傾斜の雰囲気などは似ているが当時そこはすでに舗装されていたのでどうも他所で撮っているように見える。
間髪間に合わなかった本郷。
ここは現在のモノレール駅方向から大学に向かう道。
擁壁下に落下してしまう沢田の車。
道から一段低い炎上している場所には現在プールがある。対比の写真で右に見える白いシートはプールへ続く通路部分。撮影に訪れた当日は補修工事の最中だった。
白い壁は撮影時に行われていたプールの補修工事の物。その先に写っている送電鉄塔は東京電力東京西線No.20。当時とは大きく建て替わっている。








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