2017年11月20日月曜日

えびの高原 S字カーブ

スノーマンを倒し走り出す2人のライダー。
ここは先述の硫黄山下のS字カーブ。順に道を降ってくるところを望遠で捉えている。

硫黄山

誤って拉致したエミを岩場の上から投棄するスノーマン。
ここは本エピソードの見所のロケ地の一つであるえびの高原の硫黄山。今も活動を続ける火山で昭和30年代頃までは賽の河原のようなすり鉢状の火口付近から吹き出す噴気から硫黄を採取していたそうだ。ライダー撮影時には採取こそ行われていないがその遺構が映像に見られる(現在もほとんど崩れてしまっているがその名残がある。)。
何度か訪れて検証を続けているが40年以上の間に岩の崩落(積み上がった岩が崩れる以外に岩自体が崩壊しているものも複数見られる。)、硫黄の噴出による地盤の沈下などによりアングルを合わせて撮影しても岩の形状が一致しなかったり具体的な対比が困難でなかなか検証が進まない。現地で撮影した画像はまだ多くあり今後も引き続き検証を続けここに追記していこうと思う。
しばらく沈静化していたが2013年ごろから火山性地震が頻発、15年ごろからは再び噴気が吹き出し始めているようで火山周辺警報が度々発令されている。入山規制も敷かれる事もあるため今後も注意して見ていきたい。

2017年11月19日日曜日

えびの高原 原生林

ショッカーのアジトへ迫る本郷は地雷原に誘い込まれる。
ここは先述の1号線のS字カーブ脇に広がる河原のように石がゴロゴロと転がる斜面。
怪我を負った藤岡氏が腿にボルトが入ったままの完治していない状態でバイクを走らせるが健常者でも普通に走行するのも難しいだろう。
映像で受けるイメージ以上に広い場所で周囲の山の稜線こそ一致するものの足元の岩が一致せず具体的な場所の特定が困難だった。
当時の映像には霧が出ており手前の山までは見えるが後ろの山の稜線が見通せず真っ白になっているのが判るだろうか。

2017年11月18日土曜日

桜島までのトンネル

ショッカーは捕らえた一般市民に掘らせるトンネルの入り口は「仮面ライダーを作った男たち」(講談社)によるとレストセンター近くの橋を使用したとの記載があったが作り変わってしまったのか一致する場所を見つけられなかった。参考までに複数存在する沢に掛かった橋のうちから雰囲気の近い場所を選んで撮影。橋の下から覗いた雰囲気は似ているが圧倒的に川底までの深さがない。この周辺の沢には多くの橋があり撮影の場所が現存しているのかは判りません。もし、見つけたという方がいらっしゃいましたらご一報ください。(「仮面ライダーを作った〜」にも別の橋の写真が掲載されていたが少し違うように思える。)

えびの高原 県道1号線

一文字と別れショッカーを追う本郷が走るのはえびのから鹿児島方面へと続く県道1号。
かごしまロマン街道と名付けられているそうだがこの名称は鹿児島県内のあちこちにあり特にどこの道という括りでは無く県内の景勝地を通る道の総称のようである。

えびの高原 S字カーブ

 母親を拉致され途方に暮れるタツジ。
ここはえびの高原の硫黄山からえびの高原ホテルに続く県道1号線の連続するS字カーブの途中。
 タツジが腰掛ける岩は同じものか特定できなかったが似たような大きさの岩は一つあった。背後に見えるえんじ色の屋根の建物は無くなっている。
一方、一文字を探しに行った五朗がいたのは硫黄山山頂のすり鉢の西側辺り。硫黄の煙の向こうに見えるのは韓国岳。また五朗の後ろに見える積み上がった巨石はすり鉢周辺で特に大きな岩が固まって積み上がっている。もっとも40年の間にも徐々に崩れつつあるようだ。
 コインで役割分担をする2人の関係性を表現した印象的なシーン。ここは先ほどのタツジが座っていた岩から県道に降りた辺り。

えびの高原ホテル

地震観測所を名乗るバスが避難を呼びかける。
ここは40話でも登場したえびの高原ホテル。先述したようにホテルの建物は解体済だが取材時はまだ敷地は昔日の雰囲気が残っており、劇中にも映るホテル前の石組みの植え込みなどが残っていた。最初に訪れた2009年には立ち入り禁止のトラロープが張られていたがその数年ごには写真にも重機が映っているが徐々に改修が進んでいるようで現在は駐車場として利用されていた。
2015年に行われた藤岡、佐々木両氏の芸能生活50周年記念ツアーでは同行してくださった仲屋敷さんと岡田さんがホテル跡地の駐車場でこのシーンをイメージした白衣姿を披露してくださった。
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自己紹介

自分の写真
仮面ライダーの全てのロケ地を自分の目で見る旅の途中です。 当ブログは元の作品の権利、肖像権を侵害する物では無く、作品を120%楽しむ為の一つの手引きとして筆者の研究調査成果を提示するために一部"引用"として元映像を使用させていただきました。作品の権利は東映株式会社様にあります。