2011年5月15日日曜日

蓮着寺・自然研究路

岩場で海水浴を楽しむ兄妹。しかし、現れた怪人に水中へ引きずり込まれてしまう。
インサートされる岩場のカットは門脇吊橋近くの岩場で、後ほど紹介するがアマゾニア初戦が撮られた場所と同一。こちらは海洋公園のピクニカルコース内になる。
斉藤浩子が妹を演ずる兄妹が訪れた岩場は海洋公園西側の蓮着寺敷地の岩場になる。ここへは公園側からは柵がされており入ることが出来ないが境内から続く自然研究路という岩場に沿った道から出る事が出来る。磯釣りのメッカであちこちで太公望が釣り糸を垂らしている。
劇中と同じカメラ位置へは潮の満ち具合で降り立つ事が出来なかった。
事件を知り調査する一文字。
先に紹介した50mプール脇にある深いダイビング練習用のプール。訪れた際は水が張ってあり一文字の降りた底は確認出来なかったが当時のままである。
・飛沫帯コンクリート曝露実験所
一文字の覗き込むコンクリート造の穴は東大生産技術研究所の管理するコンクリートの耐久性を実験する施設だそう。40年経っても健在。
その脇にある大きな岩もそのまま。
アマゾニアとの決戦の岩場は遠方の岩場の見え方からして恐らく自然研究路の岩場と思われるが未だ具体的な場所へ辿り着けていない。候補は絞られているのでいずれ判明出来ると思う。
初戦の岩場からは1kmほど離れているが、当初同一の場所だと考え吊橋周辺のアップダウンの激しい岩場を半日歩き回った事もある。


エンディングの一文字が立つ場所は蓮着寺敷地となり、ダイビングスクールの敷地から西側の蓮着寺岩場方面を見るアングルとなる。

2011年5月10日火曜日

伊豆海洋公園・磯プール

 レーシングクラブのメンバーが訪れた海辺のプールは先のダイビングプールと同じ敷地内にある伊豆海洋公園・磯プールである。ところどころ改修された跡は散見出来るがほぼ当時の姿を残している。撮影で訪れたのは初夏だったのでまだプールには水が無かったが、夏場は今も一般開放されているので映像のように山本リンダさんや島田陽子さんのような女性が水着で闊歩したり五郎のような腕白坊主が走り回ったりするんだろう。(と、なるとさすがにプール開き後では気楽に撮影出来ないと思いますねw)

2011年5月6日金曜日

伊豆海洋公園ダイビングセンター・ダイビングプール

プールで水泳練習中の若者が水中に消えた。
撮影に使われた競泳用プールは伊豆海洋公園内にあるダイビングセンターの施設の一つ、ダイビングプールでの撮影。ダイビングプールと名が付いているわりに普通の競泳用プールに見えるがダイビングセンターの設立は1964年と古く、当時からダイビング練習用の為の施設だったのだろう。
初めてここを訪れた時は劇中そのままの姿でプールが残っていたことに鳥肌が立つほど感動したのを覚えている。普段はダイビングスクールの講習が行われていて、この時も講習生が上がるのを待って撮影した。

2011年5月5日木曜日

大阪国際空港(伊丹空港)

エンディングは大阪国際空港北ウイングでの撮影。五郎達が駆けていく駐車場は現在では2階建てになっている。
 このアングルは2階部分で建物が隠れてしまうので判りやすく2階から撮影してみた。
別れの挨拶をするシーンが撮られたあたりはベンチが設置されていた。
わざわざJALの機体の離陸を待って撮影してみたが、キャプチャ画像とはずれてしまったが再度写真にあわせたタイミングでキャプチャし直すのも本末転倒なので止めましたw
 最後の手を振るシーンはこの写真の先端辺りでの撮影だが現在は一般客は立ち入り禁止になっていた。
 頑張って現在の展望デッキラ・ソーラから撮影しようとしてみたがまるでズレてしまった。

大阪城/陸軍大阪砲兵工廠跡

囚われた吉岡助教授を探しにレーシングクラブのメンバー達は大阪城にやってくる。
このエピソードでは青屋門周辺を中心に大阪城が撮影に使われている。
併せて大阪城脇、現在の大阪城ホールが建っている場所に存在した陸軍大阪砲兵工廠跡が偽の小泉教授の秘密研究所として登場するが、残念ながら昭和56年に保存運動や国の調査の動きを無視し大阪市が解体してしまった。何かしら隠蔽する必要があったのかそれほど大阪にとって負の遺産だったのだろう。(こういった経緯やライダーカードのアングルの謎など周辺の子細な調査を地元で続けているパルピロ氏のブログ。他にも関西方面を中心にライダーロケ地を廻っているので興味ある方は是非ご覧ください。)
青屋門自体は空襲で大破してしまったが昭和44年に保存されていた資材を元に再建されたようで撮影時は比較的新しい状態だった事が判る。残念ながら40年の月日は大切な文化財も落書きだらけにしてしまうのだが。
極楽橋は撮影に訪れた際は改修中だったが、現在はすでに終了しているようだ。
これが砲兵工廠敷地内での撮影となる。検証写真は現在の大阪城ホールの搬入用駐車場から。

2011年5月4日水曜日

サニーストンホテル

吉岡邸を襲ったショッカー戦闘員を拉致した一文字達が投宿したホテルをドクガンダーが急襲する。
撮影に使われたホテルは大阪の地下鉄御堂筋線江坂駅近くのサニーストンホテルである。
残念ながら当時使用された建物は建替えられているが、現在も替わらず営業している。恐らく撮影時のスタッフの宿泊先だったのだろう。
2年ほど前に撮影に行ったのだが生憎の荒天に見舞われ思うように撮影できなかった。それでも屋上を、と雨の止んでいた夜間に無理やり撮影(泣)

撮影に使われたのは現在の第一サニーストンホテルの新館が建っている場所にあった建物。劇中に外観が映るのだが、うっかり撮り忘れてしまい、比較写真は資料用にとたまたま広角で撮っていた隣に立つ別館の外観。ちなみに新館ロビーに当時の周辺航空写真が飾られており、江坂駅周辺にはまだ畑が広がっている中にポツンと建っていたことが伺える。現在は新大阪駅からも近く賑やかになっている。
ライダー後方に見えるのが御堂筋線の下り、千里方面。
背後に御堂筋線が走っているのが見える。
写真の看板は別館の屋上にあるもので劇中の物とは異なるがSを二つ重ねたデザインのマークとロゴが当時と変わらないのが判る。

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自己紹介

自分の写真
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